2022年10月20日木曜日

絵本翻訳:言葉の壁を乗り越えて

皆さま、こんにちは。とても長い時間をかけて翻訳に取り組んだ絵本が、今年8月、ついに出版されました。打診をもらったのが昨年の10月18日。ほぼ10ヵ月かかっての出版です。

物事について「大変だった」と苦労話をするのは、あまり好きではありませんが、この絵本翻訳は、いろんな意味で大変で、そして、たくさんの学びがありました。

パソコンで原文のデータをもらい、紙の本を受け取った時点では「絵本だし、字数も少ないし、気分が乗ればあっという間に訳せるだろう」とかなり軽く考えていたのです。ところが、いきなり大きな壁に直面しました。最初の一文がこちら:

I wish you dreams and aspirations, to spread your wings and reach for the stars.

えっ? aspirations? 子ども向けの本なのに、なんか単語が難しいんですけど…。

英和辞書を引くと「熱望、志望、待望、抱負、向上心、大志」などの訳語が並んでいます。

そのすぐ後にも、I wish you imagination and creativity などという表現が出てきます。「想像力」と「創造力」? 絵本用にひらがなで書くとしたら、どっちも「そうぞうりょく」になってしまいます。他にも…

grit and resilience
peace and tranquility
success and prosperity
love and affection

ひゃー、これをどうやって子ども向けに訳せばいいの!? 「あい と あいじょう」なんて訳じゃおかしいし、どうにもこうにもしっくりくる日本語が見つかりません。この絵本の作者のマイケル・ウォンは、長年の友人でもあるので「子ども向けなのにハイレベルな単語が多くて戸惑っている」と本音を打ち明けると、「これは、読み聞かせの中で、親が子どもに単語の意味を教えたりすることも意図して作ってる。だから日本語訳も、大人向けの訳語を使ってもいいよ」とのこと。

とはいえ、「へいわ と せいじゃく」に「せいこう と はんえい」って訳、どうなんだろう? 自分が親だったら、そんな訳語を使った絵本、買うかしら?

かなり悩みながら、とりあえず全文を訳し、英語のわかる友達に相談をしてみました。すると、目から鱗の解決策が!

「ひらがなだけで訳すのは無理があるから、漢字にルビを振ったら?」という友達のひと言です。突然、目の前にぱーっと光が差し込んできました。実際に、漢字にして、ルビを振ってみると、今までひらがなだらけで、のっぺりとしていた原稿が急に美しく引き締まった感じがしました。

その後も、彼女と彼女のご家族の多大な協力を得て、しっくりこない表現を徹底的に検討し、単語だけではなく、その文全体が伝えるメッセージを訳すという考え方で、英文からは思いつかないような日本語表現を思い切って使うという決断もしました。

さらには、作者が雇った3人の日本人の校閲者さんたちと、何度もコメントのやり取りを重ね、本当に長い時間をかけて日本語訳が完成しました。最初の一文は、次のようになりました。(※絵本ではすべての漢字にルビがついています)

あなたに夢と志を。

翼を広げ 星まで飛んでいけますように。

「英文は1文なので、日本語訳も1文にできないだろうか?」と作者に言われましたが、これについては、リズムや読みやすさを考えて、2文の方が適切という判断を下しました。

また、句点(、)と読点(。)をどうするかということについて、面白い気づきがありました。句点の代わりに半角スペースを空ける「分かち書き」というスタイルでいくのは最初から決めていたのですが、読点は不要と思っていたのです。

ところが、最終チェックの段階で、絵の中に日本語の文字が並んでいるのを見た時、ハッとしました。読点(。)を付けないと、1行目と2行目が1つの文に見えてしまうのです。これは、翻訳原稿の中で1行ごとに、英文、日本語訳、英文、日本語訳…という順に並べていた時には気づかなかったことでした。慌てて、全ての文末に読点を付けました。

これ以外にも、ルビをどう入れるか、フォントをどうするか、日本語版の表紙をどうするかなど、ちょっとした問題が次から次へと出てきました。こちらについては、長年お世話になっているデザイナーさんの力を借りて解決しました。

元気の出る言葉がいっぱい詰まったこちらの絵本、小さなお子さんだけでなく、大人へのプレゼントとしてもオススメです。シドニーから発せられた温かい応援の気持ちが、日本の皆さんの心にも届きますように!

いろいろ力を貸してくれた西村英津子さん、デザイナーの森恵さん(Mori Craft)、そして、校閲を担当してくださった方々、そして、このような貴重な機会をくれた友人のマイケル・ウォンさんに、心から感謝申し上げます。


<余談>
かなり前に、このブログを書き始めていたのですが、お知らせがすっかり遅くなりました。夏の終わりぐらいから、いろいろ後回しにしてしまうクセがついてしまったのですが、心を入れ替え、仕事も日常生活もテキパキと効率良くやっていこう!と心に誓ったところです。